あらためて「反物事案」について【調査会NEWS3322】(R02.8.23)

【調査会NEWS3322】(R02.8.23) ※このメールには返信しないで下さい。お問い合わせ等は代表荒木のアドレスkumoha551●mac.com(●を半角の@に変える)までお願いします。 ―――――――――――――――――――――― ※次回「『その後』を考える集い」は8月26日(水)15:00から行います。奮ってご参加下さい。
<あらためて「反物事案」について>
   荒木和博
 YouTubeで毎日発信しているメッセージにいただいているコメントで、「反物事案」に関するものがありました。発表したのは7年前になりますので、おそらくこの「調査会NEWS」をお読み戴いているかたでもご存じない方が少なくないと思います。この機会にあらためてまとめておきますが、反物が拉致をするときの誘引材料として使われたのではないか、というのが「反物事案」です。平成25年7月2日に本件で記者会見を行っています。そのことについて下に三つの資料をつけておきます。長いので資料は関心のある方のみ御一読下さい。
(1)7月2日付「調査会NEWS」1367号(記者会見資料) (2)同日付「調査会NEWS」1368号(記者会見の様子を見た警察関係の友人のコメント (3)7月3日付「調査会NEWS」1369号(これを知って特定失踪者の親戚の方が自分も同様の体験をしたと伝えて来たこと
 また、本件についての横田早紀江さんのインタビュー映像もYouTubeにありますので関心のある方はご覧下さい。

 昔は同様の手口で粗悪な反物を売りつける詐欺もあったようです。下にあるように反物は在日の多数関わった業界でもあり、同じ「器材」をあるときは詐欺に、あるときは拉致に使ったということではないかと思われます。なお、昭和57年(1982)2月5日静岡県袋井市で失踪した鈴木清江さんも袋井の実家に帰る前は京都の総聯系在日の経営する西陣織の染色会社に勤めており、それが失踪に関係している可能性があります。
 海から上がってきた工作員が歩いている人をいきなり袋詰めにして持って行くなどという拉致は、あったかもしれませんがごく一部で、実際には日本国内の協力者・固定スパイがターゲットを選定し、調査して誘引ないし待ち伏せして拉致する機会が少なくないはずです。その一つとして考えていただければ幸いです。
(資料)———————————————————————-
(1)【調査会NEWS1367】(25.7.2)  調査会では本日の記者会見で以下の通り発表しました。もしこれと類似した他の事件をご存じの方がおられましたら情報をお寄せ下さい。 —————————————————————-                     平成25年7月2日        「反物事案」について                  特定失踪者問題調査会  横田早紀江さんがめぐみさんの拉致された翌昭和53(1978)年、拉致未遂に遭っていた可能性がある。  偶然ではあるが、ほぼ同時に和服の反物を売ろうとする不審な人物を過去に目撃したとの三つの情報が入ってきた。その一つは横田めぐみさんの母、早紀江さんである。もう一つは千葉県在住の男性とその母親である。これは拉致の手口の一つである可能性がある。詳細は以下の通り。 1、横田早紀江さんに関わる「反物事案」  昭和53(1978)年3月以降(3月~5月あるいは11月?)頃、午前中(もしくは夕方の時間帯?)に、所用(PTAないし買い物?)で早紀江さんが新潟市水道町の当時自宅から大通りに出て出かけた際に、めぐみさんが拉致されたと思われる交差点付近より少し南側、当時あったホテル前付近で、海岸の方を向いて左に寄せた乗用車(色不明)が駐車している事に直前で気付く。  その車の側から1人の男が反物を2本手に持って「奥さん、反物の良い物が安く展示してあるので、見に来ませんか」と声を掛けて来た。近くにはもう一人の男がいた。  男達は、背広を着用し、30代前後、身長はそれほど高くなく、どちらかと言えば きゃしゃな感じ、髪型は普通の七三分け、メガネはかけていない。日本語に不審な点は無く、気さくな感じだった。  当時はめぐみさん失踪からまだ日も浅く、早紀江さんの心はどん底の状態でそれどころではなかった。また、早紀江さんは以前に呉服店に勤めた経験があり、展示会などを路上にて声をかけ誘う事はあり得ない、顧客には招待状を出すのが普通だという認識があり、非常に不審な感触を抱いた。めぐみさんがいなくなった直後から不審な電話などもあり、日常的に警戒心を持っていた。  早紀江さんは怖くなり、すぐに申し出を断って、新潟大学の交差点方向へ向かった。後を付けられていないか不安であったが、後ろを振り返る事は出来なかった。用事を後回しにし、そのまま新潟中央警察へ直行。不審な人物に声を掛けられた事について通報した。車のナンバーは記憶しておらず、警察は調べておきますと対応したと言う。その後、警察からは「あれ以来そのような不審者は現れず、何でも無いですよ」と告げられた。 2、千葉県における「反物事案」 Aさん(男性)と、その母であるBさんは、千葉県内に居住し、Aさんは昭和44(1969)年若しくは昭和45(1970)年に千葉市内で。Bさんは昭和50(1975)年の春に四街道市内で拉致未遂と思われる事象に遭遇されている。 (1) Aさん(現在60代・四街道市在住)  高校を卒業した昭和44(1969)年、若しくは翌年45年当時、受験勉強のため毎日、千葉市中央区の県立図書館に自宅の四街道市から電車で東千葉駅まで移動し、同駅から国道128号線沿いに徒歩で通っていた。図書館に通う時間帯は毎日同じ時刻で、図書館の開館時間前に到着する日課の繰り返しだった。  季節不明の某日、それまでの日課と同じく、東千葉駅から徒歩で図書館に向かって歩き、千葉市中央区本町3丁目に架かる「大和橋」まで来ると、大和橋の手前・左側路上に頭を図書館方向に向けた白いセダンの乗用車が右側後部座席ドアを開放した状態で停車し、脇に黒っぽいスーツを着用した20~30代前半の男2名が立っていた。  男たちは、息子さんが車の位置に差し掛かると流暢な日本語で呼びとめ、「自分たちの勤めていた呉服店が倒産して現物支給として反物を貰った・・・その反物を買ってくれないか? 反物は車に積んであるので、乗って見てほしい」と話しかけてきた。  Aさんは反物を購入する気持ちは無かったが、誘われるままに車の方に近づいていったが、中に積載されているはずの反物が見えなかったため、「おかしい」と思い、「もう、いいよ!」と男たちの誘いを断り、そのまま図書館に向かった。  その後、このことを忘れていたが、4~5年前に何かの拍子に昭和48(1973)年7月に千葉県市原市で失踪した古川了子さんのことを知り、「自分があの時経験したことは古川さんの拉致事件と関係があるのではないか?」と思うようになり、警察署にも話しに行ったが、警察では話を聞いてくれただけだった。  今回、別の警察の紹介で当調査会に情報を提供することになり、その旨を母Bさんに話したところ、Bさんも同じ経験をしていたことが判明した。 (2) Bさん(現在80代・四街道市在住)  昭和50(1975)年頃、季節は4月頃、昼食後に自宅から徒歩で買い物に向かう途中、自宅から約100mほどの路上に、濃紺色のバンが停車し、脇に濃紺色の上下服の30歳前後の男2名が立っていて、Bさんが近づくと「着物はどうですか?良かったら見てください」と呼びかけ、更に「見るんだったら中に入って見て下さい」と、勧めてきた。  バンの後部荷物室には確かに着物や反物が積載されているのが見えたが、「品物を見せるのなら、後部の扉を開ければ見せれるのに」と不審に思い、「(見なくても)いいです」と断り、その場から立ち去り買い物に向かった。男たちは2人ともロイド眼鏡をかけていたが日本語に違和感はなかった。買い物からの帰途、同じ道を通ったが、既に男たちの姿はなかった。  以上から推測されるのは次のようなことである。 (1)横田めぐみさんの拉致の後、本人の精神状態が安定しないため、早紀江さんを拉致しようとした可能性がある。これは1970年代にアベック・夫婦の拉致及び失踪が集中していることとも関連する。 (2)横田早紀江さんを狙って拉致をしようとしたとすれば、めぐみさんの拉致から9か月後の曽我ひとみさん・ミヨシさん母子についても、同様の目的で拉致が行われた可能性がある。アベック拉致が拉致対象者を北朝鮮に連れて行った後安定させるためだったとすれば、親子で連れて行くということも当然ありうるはずである。また、昭和49年7月に失踪した峰島英雄さん、関屋俊子さん、遠山常子さん3人の失踪も同じカテゴリーに該当する可能性がある。さらに、藤田慎さんと藤田進さん(川口)の関係も、叔父が先に拉致をされておりその関係で甥を拉致したという可能性も存在するということである。 (3)同様の話が全く離れた2箇所で出てきたということは北朝鮮工作機関のマニュアルに拉致対象者を誘引する手段として反物を使うことが記載されていた可能性がある。 (4)特定失踪者の中には何かの理由で誘引され、短時間家を空けるつもりで本人が出かけたまま失踪したと思われるケースが多数あるが、今回の反物事案はそれを解明するヒントになるものと思われる。当然反物以外の理由でも誘引しているはずであり、あらためて未遂事件を含めた手口の見直しを行いたい。 ———————————————————— 「反物事案」に関する情報
(2)【調査会NEWS1368】(25.7.2)  先程の記者会見の内容(1367号)について、警察関係の友人から以下のようなメールが届きました。重要な内容だと思いますのでご参考までお知らせしておきます。 ————————————————————-  記者会見、お疲れ様でした。なぜ反物なのだろうかと私なりに色々考えました。  一般的に反物の移動販売など考えられません。  もし、商売としての移動販売なら、女性対象としては化粧品やアクセサリーなどの販売など。男性対象なら、安い腕時計や財布、ネクタイなどの販売など。横田さんの件などを考察し総合的に鑑みれば、やはり反物事件は拉致目的の可能性が極めて高いと考えられます。  反物は朝鮮半島でも歴史がある産業です。また、国内において、目をつける必要がある歴史的背景も事実存在します。それは、反物製造における在日朝鮮、在日韓国人の稼動実態です。  戦前から全国的に在日の方に対する職業差別などがあり稼動できる職種は限られていたようです。そのなかに主たる彼らの職業として、反物製造業があります。  これは、昭和初期から行われていたようで、例えば、京都の反物業における在日朝鮮、韓国人の稼動状況などは大学院の研究資料として作成されていました。  在日朝鮮人の人口動態や職業は、内務省警保局[警察全般を主管、主たる部署として保安課(特高警察=現在の警備局?)]作成の資料に残っているようです。これによると昭和初期から在日朝鮮人の職業として反物賃織職人、下請け職人は非常に多かったようです。これは、京都での一例ですが、これら日本の歴史的背景をみれば、反物製造やその下請けは、全国的に在日朝鮮、韓国人の業務の一つだったとも言えます。  もちろん、拉致未遂の被疑者が在日朝鮮、韓国人か日本人かその他外国人かはわかりません。ただ、反物製造の歴史的背景からも、また北朝鮮拉致という観点からも反物事件が拉致に密接であるならば本件被疑者が、在日朝鮮、韓国人の可能性が充分に考えられます。  北朝鮮による拉致事件のなかには、国内における土台人の存在があり、積極的に加担した者、脅されたりして泣く泣く加担し、共謀した者もいたはずです。また、在日朝鮮、韓国人の方が拉致被害者となった事件も現実に存在します。  上記のように、日本の反物製造に係る歴史的背景から恐らく、戦後、高度経済成長期の時にも、在日朝鮮、韓国人が反物製造に携わる稼動者も多かったと思われます。断定はできないものの、これらの背景など考察すると被疑者らが、反物製造に携わっていた人物である可能性は否定できません。  よって、手短に入手できる反物を用いて、商売人のごとく、対象を欺き、犯行に及んだとも推察できます。
(3)【調査会NEWS1369】(25.7.3)  前号のニュースをご覧になった永本憲子さん(昭和56年高知県で失踪)の従姉妹、牧野由美さんから次のようなメールをいただきました。正直なところちょっとぞっとしました。  ————————————————————-  1985年(昭和60)年から1992(平成4)年の間のことと記憶しています。当時、私は20代から30代になる年齢でした。  当時住んでいたアパートから最寄りの東急東横線 日吉駅に向かう途中で車から声をかけられました。男性でした。勤めていた呉服店が倒産し、呉服の在庫を抱えて困っている、安くするので見てみないかというのです。  バンタイプの車で、中は確認しなかったと思いますが、後ろに何か荷物を載せているような雰囲気はありました。声をかけられた場所は角を曲がれば駅まで一直線。人通りもずいぶんと違います。なぜ、この場所なんだろう。ふと思ったのは駅前には交番(当時)があるからかという疑いでした。  加えて、いくら横浜とはいえ、車で道端で声をかけて呉服を売るというのは、あまりにずさんな売り方ではないかとすぐに断りました。  人ごみをあるけばうさんくさい勧誘を受ける都会で、数多くそんな疑いを持つ機会はありましたが、なぜか日吉でのそのシーンはよく覚えています。いただいたメールの中、自分の記憶と重なる部分がありました。警察関係者の方のご意見も読みまして、念のためにお知らせしようと思いました。 ////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////// 北朝鮮船・遺体着岸漂流一覧(令和2年3月24日現在確認分) araki.way-nifty.com/araki/2020/03/post-f7a8e9.html 着岸漂流一覧と失踪関連地点マップ drive.google.com/open?id=1Nsd5Xf9dqDa6AsYv5_4VspEFmeNh95qS&usp=sharing ////////////////////////////////////////////////// <調査会・特定失踪者家族会役員の参加するイベント(一般公開の拉致問題に関係するもの)・メディア出演・寄稿・特定失踪者問題に関する報道(突発事案などで、変更される可能性もあります)等> ※事前申込み・参加費等についてはお問い合わせ先にご連絡下さい。
★8月26日(水)15:00「『その後』を考える集い28 in Zoom」(調査会主催) ・インターネット会議アプリ「Zoom」を使って行います。参加希望の方は代表荒木まで直接ご連絡下さい(kumoha551@mac.com)。
★9月5日(土)「北朝鮮人権シネマフォーラムin安来」 ・安来中央交流センター(安来駅徒歩15分 島根県安来市安来町896-1 Tel0854-23-1721) ・調査会代表荒木・理事石原が参加 ・問合せ 石原理事(090-9417-8363)
★9月6日(日)「北朝鮮人権シネマフォーラムin岡山」 ・岡山県立図書館デジタル情報シアター(岡山市北区 丸の内2-6-30 Tel 086-224-1288 バス「県庁前」すぐ) ・調査会代表荒木が参加 ・問合せ:岡山采希会・佐々木さん(okayama.ayakikai.60@gmail.com)
★10月10日(土)「北朝鮮人権シネマフォーラムin能代」 ・調査会代表荒木が参加
———- ★FM「オレがやらなきゃ誰がやる!」 毎週木曜日21:00~、「RADIO TXT FM Dramacity 776.fm」(札幌) 他 副代表村尾がパーソナリティー インターネット「ListenRadio」で札幌以外でもパソコン・スマホから聴取できます。 listenradio.jp YouTube Office Movementのチャンネルからはいつでも聴取できます。 www.youtube.com/channel/UCTtzOOIcIOa22_gnLubk8Dg ★代表荒木のYouTubeチャンネル  毎日5〜10分配信しています。RadioTalk・GooglePodcastなどでは音声配信で聞くことができます。 www.youtube.com/channel/UCSa3H61PRYDyRy4aHvF_VSA
★channelAJER(チャンネル アジャ)では代表荒木の担当する番組『救い、守り、創る』を送信しています。会員制ですが1回26分の番組の前半は無料で視聴していただけます。 http://ajer.jp ———– ※特定失踪者に関わる報道は地域限定であってもできるだけ多くの方に知らせたいと思います。報道関係の皆様で特集記事掲載や特集番組放送などについて、可能であればメール(代表荒木アドレス宛)にてお知らせ下さい。 _________________________________________ 特定失踪者問題調査会ニュース ——————————————————— 〒112-0004東京都文京区後楽2-3-8第6松屋ビル301 Tel03-5684-5058Fax03-5684-5059 email:comjansite2003■chosa-kai.jp ※■を半角の@に置き換えて下さい。 調査会ホームぺージ:http://www.chosa-kai.jp/ YouTube https://www.youtube.com/channel/UCECjVKicFLLut5-qCvIna9A 発行責任者荒木和博(送信を希望されない方、宛先の変更は kumoha551■mac.com宛メールをお送り下さい) ※■を半角の@に置き換えて下さい。 <カンパのご協力をよろしくお願いします> ■特定失踪者問題調査会■ ●クレジットカードでのカンパが可能です。ホームページから入って手続きできます。 ●郵便振替口座00160-9-583587口座名義:特定失踪者問題調査会 ●銀行口座 みずほ銀行 飯田橋支店 普通預金 2520933 名義 特定失踪者問題調査会 ●労金口座 中央労働金庫 本郷支店 144093 名義 特定失踪者問題調査会代表 荒木和博 (郵便振替以外で領収書のご入用な場合はご連絡下さい) ■特定失踪者家族会■ 郵便振替口座 00290-8-104325 特定失踪者家族会 銀行口座 ゆうちょ銀行 普通預金 店番128(イチニハチ) 口座番号4097270 特定失踪者家族会 _____________________________________________________